親父の小言とボディブロー

人生折り返しの子育て世代。世知辛い世の中を面白く生きるためのあれこれと雑記

わかりやすい地方の衰退のリアルの話

地方の衰退だの消滅だのと言われて久しいですね。

 

実際、地方に長く住んでいると衰退を肌に感じるし、「消滅もなくはないかな」という気にもなってきます。

 

そこで今日はこんなお話です。

 

 

 

地方の衰退をめぐる世の中の動き

まずはこの記事から。

headlines.yahoo.co.jp

読むのが面倒またはいつか来るリンク切れのためにざっくりまとめると

  1. 地方の若者が東京に流れ地方の人口減少が止まらない
  2. 国では東京圏と地方の人口移動を20年までに均衡させることを目指している(というか2015年度から頑張ってた)
  3. 地方創生は夏の統一地方選の争点になるだろう
  4. リーマンショックや東日本大震災を機に「若者が地方に目を向けるようになった」という変化も
  5. 人口減少には頭数の確保ではなく、地方に「関わってくれる人」の確保が重要との識者の見解も

ということです。

 

実は私、単に地方在住者であるというばかりでなく、仕事でこの分野にどっぷり関わったことがあります。

 

振り返ると一歩進んで五歩下がるくらいの、

「押し寄せる地方の衰退の流れの前には、我が力などあまりに無力…!!」

という挫折感を味わったものです。

 

ともあれ、そういう立場からすると、この記事は「地方の衰退とは何か?国はどう対応しようとしているか?必要な視点とは何か?」が綺麗にまとまってるなと思うので引用しました。

 

政治家や国が本気かどうか、実際に効果があるかは別として、ですが。

 

地方の衰退のリアル

まず、地方の衰退っぷりを、生活者としてわかりやすい実例でご紹介しましょう。わかりやすさ重視で大雑把ですが、決して誇張はありません。

 

人口の減り具合

親の代と比べて、私が小学校のときの児童数は半分になりました。最近、出身小学校も中学校も廃校になりました。

 

ちなみに親の親の世代から見ても、やはりひと世代ごとに児童数が半分になっていました。

 

また、現在の子供達は中学校を卒業すると、半分は地元を離れ、そのうちの半分は二度と地元に戻ってきません。

 

現在のわが町の総人口はピーク時の半分。30年後にはさらに半分になると推計されています。

 

ひと世代ごとに若い子が半分になり、戻らない仕組みが確立しています。

 

高齢化具合

ホントの話、町を歩いているのは年寄りだけです。

若い人は工場勤務の外人だけ。

実際、わが町の65歳以上の率は35%超えです。

(ちなみに全国は27%程度。2015年度。)

 

これまた30年後、その率は約50%になると推計されています。

 

もちろん、年寄りが増えて(人口が増えて)いくわけではありません。

 

人口は減り続け、会う人みんなが年寄りになっていくということです。

 

どうして地方の人口は減るのか

書いててげんなり(ヽ´ω`)してきますが、どうしてこうなるのか?を、これまたざっくり整理してみます。

f:id:sonofabiscuit:20190320191607p:image

 

仕事がない

一番はこれですよね。

工場とか、加工場とか、第一次産業とかはあるけど、そんな仕事は敬遠されるし、親だってさせたくないので、つまりは田舎だと食っていけないのです。

 

地元に残りたければ、若者の就職先は市役所や町役場しかない。

銀行や大手企業の支社でもあればまだマシですが、そんなものがなければ東京いくしかない。

 

地元愛でどうこういう世界じゃないんです。

 

学校がない

構造上、地方から人が出て行くのを避けられないのがこれ。

 

地方には大学はおろか高校すらないところも多いのです。

 

しかも、高校にせよ大学にせよ、保育園のようにあればいいってもんじゃないので、質やレベルで地方が対抗できるわけがないですね。

 

その結果、勉強ができる子ほど地元を離れることになるのです。

 

つまらない

「何もない」田舎。

 

あらゆる情報がスマホから溢れる中、若者が物質的な豊かさや刺激を求め都会を目指すのは当然です。

 

バーもクラブもショップもカフェも、何もないんですからね…若い人がいませんから出会いもありません。

 

出会いがなければ結婚もない、

結婚がなければ子供もない、

子供もなければ…

 

かつて吉幾三が歌い上げた若者が田舎が嫌で東京へ憧れる構図は基本的には何も変わっていないということに気づきます。

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生きづらい

これには2つの意味があって、

1つは不便だということ。これは、主に中高年や子育て世代からすると深刻なのですが、特に病院などの公共施設が少ないこと。

 

また、田舎でゆとりある子育てとか言われますが、都市並みに待機児童問題だってあります。

保育士不足は田舎でも大問題なのです。

 

買い物する場所も限られますし、車のない年寄りだと遠くまで買い物に行くのが困難。

買い物難民なんてのもいます。

 

2つ目は田舎特有の人間関係。

これだけで記事が3つ書けそうなくらいありますが、過度の干渉、出る杭を打つ、村八分…

 

「そら戻ってきたくないわ」と率直に思うし、簡単に「都市からの人口流入」とかいうけど、最大のハードルはここなんだろうなと、実感します。

 

例えば、

「この地域を良くしたいんです!一緒に頑張りましょう!」

のようなよそ者は、間違いなく潰されます。

 

座して死を待っているような地域でも、

「よそ者に仕切られるくらいなら死んだほうがマシ、いや死にたくないから誰かなんとかしろ」

というのが地方の人間なのです。

八つ墓村



なんか腐臭がする

地方の衰退の本質的なところかなと思うのが、なんか総じて発想が負け犬。

  • 「何をやっても無駄」
  • よそ者はとりあえず潰す
  • うまくいかなかったら叩く
  • うまくいったら俺の手柄
  • 意見じゃなく批判
  • 「昔は良かった」

そんな腐臭というか、ネガティブな空気が、衰退する地方には蔓延しているのです。

 

つまりは、住みたくない、戻りたくないということです。

 

地方が消滅したらどうなるか

もうこれ救いようがないじゃない…と思うのですが、もちろん諦めたら色々困ったことになるのでお上も住民もなんとかせなと思っているわけです。

 

もし地方がなくなったら?端的にいうと田舎の人口が減り続けたらどうなるかを考えてみました。

 

地方在住者にとってどうなるか?

住んでいるものにとっては、人口がゼロになるまでに何が起こるかを考えてみます。

 

私が現に体験したのが小学校、中学校の廃校と統合。この時点で、バス利用になる通学の子供たちの声は地域から消えます。

 

地域の爺さん婆さんに話を聞くと、寂れを実感したのは小学校がなくなった時、という人は多いです。

 

病院も診療所も統廃合されます。高校がある地域は高校も統廃合。

 

大抵田舎の高校は偏差値が低く、地元の子しか入らないので、人口減は高校の減少に直結。そうなると人口流出がさらに進みます。

 

バスやタクシーも同様です。廃業や路線の廃止が起こります。

 

行政サービスもひとつの市町村ではとても効率が悪いので、サービスを共同でやったり、隣同士合併したりします。

 

もともと町の辺鄙なところの人にとって、合併はとどめ。吸収される方の自治体は一層不便になりますので、辺鄙で不便なところはより不便になり、生きづらさが加速します。

 

そうして一人死に二人死に…増える要素はないので、最終的には地域に人がいなくなります。

 

大都市にとってどうなるか?

「大都市は人が入ってくるばかりだからいいよね」

ってもちろんそんな話ではありません。

地方が衰退するとどうなるでしょう?

 

食料が供給されない

都市の住民の生活を支える食料は、肉にせよ野菜にせよ魚にせよ、地方から入ってきます。

それらを生産する担い手はすでに不足していますが、まだなんとかなっている。

 

機械化や外国人労働者のおかげもあるでしょう。

 

しかし、最後には機械を動かす人も外国人を動かす人もいなくなるのです。

 

人も供給されない

東京の人口が増えて栄えているのは、地方から人が入ってくるからです。

この供給がなくなると、ついに東京も人口が減っていくことになります。

東京の夫婦の出生率を考えても明らかですね。

 

伝統文化が消滅

歴史あるお祭りとか、文化的価値の高い郷土芸能とかは、「神輿を担ぐ人がいない」「笛を吹く人がいない」という理由であっさり途絶えます。

 

「親も死んだけどお祭りの時くらい帰るか」という気も失せ、ふるさとがなくなります。

 

そうして海とか山とか、自然の中に神様を見出す日本人のアイデンティティも失われていきます。

 

国土が荒廃、災害が増える

田んぼの湛水機能はよく知られた話で、田んぼが下流域の水害予防に大きな役割があるのです。

また、手入れされた山のおかげで土砂崩れは予防されている。

これらが荒廃すると災害や水不足が増えることになります。

また、地方に持ち主が死んだりして空き家が増えると、それが親の家なら相続問題、他人の家でも景観の悪化やら犯罪の温床やら、挙句には中古住宅のストックが増えるので不動産の需給バランスが崩れて持ち家の方も大暴落なんて話もあります。

 

結局どうするか

書いてきて本当にしんどかった…辛い現実ですね。

しかし日本に生まれたからには現実を見据えてよりよく生きていく努力をしないといけません。

 

そこで考えました。

前向きな衰退を模索するしかない

人が減り高齢化が進んで地方の活力がなくなっていくのは仕方がない。受け入れるしかないでしょう。

地方から東京への人の流れは必然的なものなのに、逆の流れは限定的だからです。

となるともう悲観しているよりは受け入れるしかない。

 

世界一の経済大国だったのも昔の話、もうこれからは貧乏だけど幸せだね、みたいな世の中へパラダイムシフトするしかないんじゃないでしょうか。

 

泣いて過ごすも笑って過ごすも同じ一生ですからね。

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お上にお願いしたいこと

しかし地方には当たり前だけど魅力はあります。

ちょっとしたきっかけとか後押しがあれば…という人は確かにいるのですが、リスクがありすぎて踏み出せない。

 

抜本的な改革と言ったら、

「大学とか大企業の本社とか省庁とかを地方に分散させる」 

 

とかやらないと人の流れは変わらないのでしょうけど、なにしろ巨大な利権なのでできるわけない。

 

だからといって「都会から田舎に行った人に百万円」とか姑息なことやっても無駄(実際にやってるんですよこれ…)。

 

せめて、田舎の有休資産を国が召し上げて、田舎で事業をやろうという人に貸し付けるとか、そんな制度を作ってほしい。

 

なにしろ田舎の人ときたら二足三文の土地を持ったまま墓場に行き、相続登記もしないなんてのが珍しくもない。

そういう資産を個人が使おうと思ったら、大変です。交渉相手探しで挫折、運良く見つかっても誰もどこの誰かもわからないよそ者には貸しません。

一方、田舎の人はお上の権威には弱いので、そこを助けてあげるのです。

 

休眠口座に手を突っ込む感覚で休眠不動産にも手を突っ込んで使ったらいいんじゃないでしょうか。

 

これなら文句を言う人は少数(なんなら、死んでる)なので選挙の時も安心!

 

死んだ人とか使わない人の権利より、挑戦する人の権利を保護するような世の中になってほしいものてす。

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地方は消滅しない!

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